2005年1月11日 (火)

ムエタイの国での空手指導

バンコク随一のフアマーク競技場から数ブロック行ったビルの3階に空手道場がある。
在タイ4年、信包一彦(41)の仕事場だ。週に5日、約70人の生徒に稽古をつける。

「タイで空手を指導してみないか?」所属流派関係者からのオファーを快諾した。
当初は釜山アジア大会までの予定だった。
任期中の2年間で結果を出すよう求められたが、肝心の試合で選手が失格。
つまらないルール違反だった。
ムエタイ出身の選手は、場外に出ると失格になるという空手のルールを知らなかった。
それでも、潜在能力を持ったムエタイ選手への空手指導がおもしろくなり、コーチ契約が切れたその後もタイに残った。
「選手層も薄く、空手の普及もまだまだ。自らの手でゼロから選手を育ててみたかった」。
師匠から許可を得て、昨年の5月、道場を開いた。

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元々写真家志望だったが、大学時代に空手部の勧誘を受け入部。
「芸術系の学部だったためそんなに厳しくはないだろう」と気楽に構えていた。
ところが、練習では声だし段階でヘロヘロになり、肋骨骨折は日常茶飯事。
夏合宿では1日目で逃げようと思ったという。必死で耐えているうちに実力がついてきたことを実感。
「体が強くなったばかりか、超人になれる気分にさえなった(笑)」。
大学を出てからは代議士秘書、TV制作などの仕事をしていたが、忙しくなりすぎて道場に通えなくなった。
体力がなくなっていく自分を見て「まずい。
俺の空手人生がこのままだと終わってしまう」と、本格的な指導の道を歩み始めた。

生徒の一人ダム・スリチャン(24)はアジア大会敗退後、インドネシアの国際大会で優勝するまでに成長した。
「身をもって悪いところを矯正してくれる。とてもまじめな先生で、生徒の面倒見もいい」と尊敬を隠さない。
現在は仕事のパートナーとして、道場の空き時間にムエタイを教える。
ムエタイが国技であるこの国での空手指導は苦労が多い。
「当初は空手なんて…というのが伝わってきた。でも、最近は変わってきている。将来は自分の弟子たちが支部道場を作ってくれたら…。子どもたちが成長していく姿を見るとたまらなくうれしい」。
タイに空手が伝わって40年。またまた普及に拍車がかかりそうだ。
【毎日新聞2005年1月7日朝刊鈴木大地の金曜カフェより】


by 鈴木大地 | 19:29:30 | カテゴリー:person
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