2006年6月25日 (日)
サッカーW杯
五輪選手として認めるのも悔しいが、サッカーは世界ナンバー1のスポーツである。連盟加盟国数、観客動員数、試合視聴者数等を見ても他のスポーツ競技を圧倒している。プロリーグが各地で存在するだけでなく、僅かなスペースがあり、最低限の道具さえあればプレィできることが魅力なのだろう。
以前、南米アンデス山脈を走る高山列車の車窓から、布切れを丸めて作ったボールを蹴りあう子どもの姿を見た。こんな高地でも行われているんだぁと感心した。今回のW杯でもアンゴラ、トーゴ、コートジボワール、トリニダードトバコといった馴染みの少ない小国が参加しており、まさに地球的規模で行われているのを実感する。自然環境に左右されず、水泳やスケート、スキーのように水や氷、雪がなくてもできるのもいい。
フランスの社会学者カイヨワは遊びを「競争」、「偶然」、「模擬」、「眩暈」の4つに分類したが、サッカーが面白いのは、そうした要素が多分に入っているからだろう。国の威信をかけた戦い。ポストや味方に当たったボールの変化やPKなどの偶然性。審判の判定も含めたドラマ、ショーでもある。
それぞれの国・地域・チームに独特のカラーがあり、体格、髪型、ユニフォームのデザインなど外面でも見るものを楽しませてくれる。日本チームはイケメンも多いし、ユニフォームも洗練されているし、何より監督がジーコ。かなり期待していたのだが、南米やアフリカチームが強烈な個性を出しているのに比べるとややさみしい。
1994年6月。テキサス州ダラスで見たW杯ドイツ対韓国。試合は3点を入れた独が手を抜いたわけではないのだろうが、韓国に2点を許した。韓国の闘志が前面に出た終盤だった。今大会でも韓国選手の気迫を感じる。執念といってもよい。闘志、ガッツ、執念という表現があてはまる国だ。まさにチームカラーの赤とマッチしている。
豪州戦の終盤、日本は放心状態でどうにでもなれという風に見えた。ヒディング監督は「日本は勝負を最後まで諦めない怖いチーム」と評していたが、実はまったく逆のことを思っていたのではないか?チームカラーは侍ブルーと呼ばれるらしいが、侍は命をかけて名誉を重んじたことで世界的に知られる。「死ぬ気で戦う」覚悟で最後まで持ち続けていたなら、初戦の日本の結果はもっと違ったものになっていたことだろう。
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日本のW杯は終わってしまいました。前回は地元開催なので、まったく参考にならないとしても、98年フランス大会よりも勝ち点1分だけ成長したわけです。
「勝ち点1」が世界での日本サッカーの現実でしょうね。
それにしても、豪州戦、駒野へのファウルでPKだったと思うと悔しい・・・。審判も後で認めているんだったら、試合中気付けよ!ってかんじですよね。
毎日新聞6月23日朝刊スポーツ面「金曜カフェ」を加筆修正
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